小田原城の「天守閣」・・・その2

 

小田原市城内の「小田原城址公園」にお邪魔しました・・・

 

北条氏が五代にわたって居城した小田原城は「小峯城」「小早川城」とも呼ばれ、現在は城址公園として整備され、2006年には日本100名城に選定されたそうで・・・

 

寛永11年(1634年)には三代将軍・徳川家光が小田原城の天守閣に登り、その展望を楽しんだとの記述が古文書にあるとか・・・相模湾を一望したのかな・・・

小田原城址公園には、小さな動物園があります・・・と言っても、かなり小さな規模で・・・大人から子供まで、大勢の方々に親しまれている、素敵な動物園です・・・

昭和24年(1949年)に来園し、日本最高齢のゾウとして60年もの長きに渡り親しまれた「ウメ子」・・・残念ながら平成21年(2009年)9月に永眠したとか・・・

 

ウメ子の居た場所は埋め立てられ、平らな更地になっておりました・・・


富士山本宮浅間大社の「桜」・・・

 

静岡県富士宮市の「富士山本宮浅間大社」にご参拝に伺いました・・・

 

浅間大社は全国1,300余の浅間神社の総本宮と称され、主祭神は木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)、木花という御神名から桜が御神木とされ、境内には約500本もの桜樹が奉納されており、春には桜の名所として賑わうそうで・・・

 

北駐車場に駐車し、家族揃って表参道を歩き、拝殿へと向かいます・・・参道には、観光と思しき外国の方々が大勢いらっしゃいました・・・太鼓橋周辺の鏡池の水面には風に舞い、散った桜の花びらが見事な花筏(はないかだ)を作っておりました・・・

 

毎年五月に流鏑馬祭が行われる桜の馬場には、色の濃い枝垂桜や繊細な色をした桜などが見事に咲き乱れ・・・それらが風に舞うと、それはもう・・・言葉では言い表せないとは良く言ったものだと・・・その様な見事な桜吹雪の光景が目の前に拡がり・・・

 

手水舎でお清めを済ませ、一例をして楼門を通り・・・拝殿にて、家族揃ってご参拝を・・・参拝を済ませた後で、社務所にて御朱印をご拝受・・・それを待つ間、東廻廊の前から桜の樹の下から、拝殿を見上げる形で撮影したのがこちらの写真です・・・

 

拝殿の屋根にかかった桜の枝の形が、雪を冠した富士山に見えなくもない・・・


小田原城の「隅櫓」・・・その3

 

小田原市城内の「小田原城址公園」にお邪魔しました・・・

北条氏が五代にわたって居城した小田原城は「小峯城」「小早川城」とも呼ばれ、現在は城址公園として整備され、2006年には日本100名城に選定されたそうで・・・

こちらは二の丸堀から小田原城の桜と二の丸隅櫓(すみやぐら)を撮影したもので・・・因みに「隅櫓」は城や城壁の隅に設けた物見・防戦の為の高楼なのだそうで・・・

東京の桜はかなり散ってしまったかも知れませんが、小田原は開花が若干遅めかと・・・


国立歴史民俗博物館の「桜」・・・その1

 

佐倉市城内町の「国立歴史民俗博物館」にお邪魔しました・・・

 

住所は 佐倉市城内町117、JR総武本線「佐倉」駅北口より、1番乗場からちばグリーンバス田町車庫行きに乗車し「国立博物館入口」または「国立歴史民俗博物館」停車場を下車するか、または京成線「佐倉」駅南口より約100m南に向かって進み、佐倉市観光協会の前の交差点を右折し、国道296号線を東京方面に向かって約800m進み、左手の歴博の看板が見える坂を約350m進んだ右側です・・・詳細は交通アクセスを・・・

 

国立歴史民俗博物館(通称:歴博)は歴史学・考古学・民俗学の調査研究の発展、資料公開による教育活動の推進を目的に、昭和56年に設置された研究機関です・・・

 

 

こちらは、歴博の展示棟の脇で咲いている桜の樹です・・・

 

歴博では、平成25年より展示棟の脇に咲く桜の樹を期間限定でライトアップし「歴博夜桜観賞の夕べ」を開催しています・・・期間限定で、歴博のエントランスホールを時間延長して開放し、夜陰に浮かび上がった桜を愛でるという催しです・・・

 

歴博のサイトを拝見すると、毎年この桜の樹を中心としたライトアップが行われる様で・・・という訳で、さほど風が無かったこの日・・・息子を福祉施設に送り届けた後・・・初春の温かい日差しに誘われて、歴博にお邪魔したという次第で・・・

 

この日は、ご年配の方々も多く観桜に訪れていらっしゃいました・・・

 

 

そしてこちら・・・同じ日の夜、ほぼ同じ場所から同じ桜の樹を撮影し・・・

 

歴博の館内のエントランスホールには、7枚からなる高さ約4m、幅約13.5mという巨大なガラスが屏風様に仕立てられ・・・そこから観るライトアップされた夜桜はまるで、通称「歴博夜桜屏風」といった風情を醸し出しております・・・

 

私も含めた大勢の方々が、桜の樹の前に陣取り・・・携帯やスマホ、他にはポケットカメラや一眼レフを片手に、闇夜に浮かぶ夜桜を写真に収めようと、皆さん一所懸命で・・・まぁ、写真に残しておきたいという気持ちは、皆一緒で・・・

 

そんな中、私の脇にいらした男性がぽつりとひと言・・・「でも・・・写真に撮るよりも、実際に観た方が桜は綺麗なんだよなァ・・・」と・・・ああ・・・その気持ち、何となく分かるなァ・・・(写真マニアの私が言っても、説得力は無いけど・・・w)

 

その場の気温や風・・・または香りや音・・・五感を通して、その場でしか分からない体感というものは、これから先どの様に文明が進歩したとしても、こればかりはどうにもならないのでしょうね・・・まぁ、その方が良い気もしますが・・・

 

でも・・・時間の制約がある方や、健康面においてどうしても外へ出掛ける事がままならない方もいらっしゃるし・・・感じ方、楽しみ方はそれぞれで宜しいのでは?・・・当の桜は、そんな事は人間の勝手にしてくれと言いたいのでは・・・

 

夜桜の観桜を終えた我が家は、そこから空堀沿いの場所へと進み・・・ライトアップされた別の桜の樹の近くで、カミさんが握ってくれたおむすびを頬張り・・・家族で頂く食事は何故か、何処で何を食べても美味しく感じるものでして・・・

 

2018年のライトアップは〜4月8日(日)18:00〜20:00の予定です・・・


2018年・・・窓外の「桜」・・・

 

この桜は、私が永いお付き合いをさせて頂いている桜です・・・

 

永いお付き合いというか・・・観る時間が永いと言った方が正しいか・・・

 

桜の樹の向こう側には、小さな自転車で走る、兄弟と思しき子供たちの姿が・・・

 

 

熱いコーヒーを頂き・・・日々の小さな「幸せ」に感謝しております・・・


福星寺の「枝垂桜」・・・その17

 

四街道市吉岡の「福星寺」(ふくしょうじ)へ、枝垂桜の観桜にお邪魔しました・・・

住所は 四街道市吉岡898、JR総武本線「四街道」駅より国道51号線方面に向かい、吉岡十字路を越えて51号線を横断し、八街方面に少し進んだ左側です・・・

親桜は目通り周囲:3.3m・樹高:14m・樹齢:約400年、見事な老木です・・・

 

 

自宅を出発してから約30分・・・吉岡の福星寺に到着しました・・・境内には、私の他に枝垂桜の撮影をする方がお一人だけ・・・朝の凛とした空気の中、ウグイスの声が高く響きます・・・この日は風が無く、さほど肌寒くも無く・・・ああ、有り難い・・・

 

元和2年(1616年)、権僧都宥照という僧侶によって創建されたと伝えられる「福星寺」・・・その頃、金親村にある親寺「金光院」の本堂前に植えられていた枝垂桜から株分けされたものが、ここ福星寺に植えられた枝垂桜であると伝えられております・・・

山門の脇には「土塁」(どるい)と呼ばる敵や動物の侵入を防ぐ為に築かれた、長く続く土盛りがあります・・・「福星寺館」跡と呼ばれる中世の城址の面影を今に伝えます・・・

 

 

福星寺の枝垂桜は「親子桜」で、門を潜って左側が「親桜」で、右側が「子桜」だそうです・・・ちなみに子桜は、目通り:周囲1.8m・樹高:13m・樹齢:50余年だそうです・・・という事は右側の子桜の方は、ほぼ私と同じ位の歳月を過ごしてきたのですね・・・

 

散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂き世になにか 久しかるべき


いつもの「桜」・・・異なる「桜」・・・

 

この桜は、私が一番長いお付き合いをさせて頂いている桜の樹です・・・

 

 

夕陽を背にすると、この桜は雪を冠したかの様な風情を醸し出します・・・

 

 

雨に濡れると、この様な風情に・・・肌寒いので、一寸可愛そうな気も・・・


福星寺の「枝垂桜」・・・その16

 

四街道市吉岡の「福星寺」(ふくしょうじ)へ、枝垂桜の観桜にお邪魔しました・・・

住所は 四街道市吉岡898、JR総武本線「四街道」駅より国道51号線方面に向かい、吉岡十字路を越えて51号線を横断し、八街方面に少し進んだ左側です・・・

親桜は目通り周囲:3.3m・樹高:14m・樹齢:約400年、見事な老木です・・・

 

 

元和2年(1616年)、権僧都宥照という僧侶によって創建されたと伝えられる「福星寺」・・・その頃、金親村にある親寺「金光院」の本堂前に植えられていた枝垂桜から株分けされたものが、ここ福星寺に植えられた枝垂桜であると伝えられております・・・

山門の脇には「土塁」(どるい)と呼ばる敵や動物の侵入を防ぐ為に築かれた、長く続く土盛りがあります・・・「福星寺館」跡と呼ばれる中世の城址の面影を今に伝えます・・・

 

 

福星寺の枝垂桜は「親子桜」で、門を潜って左側が「親桜」で、右側が「子桜」だそうです・・・ちなみに子桜は、目通り:周囲1.8m・樹高:13m・樹齢:50余年だそうです・・・という事は右側の子桜の方は、ほぼ私と同じ位の歳月を過ごしてきたのですね・・・

 

散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂き世になにか 久しかるべき


福星寺の「枝垂桜」・・・その15

 

四街道市吉岡の「福星寺」(ふくしょうじ)へ、枝垂桜の観桜にお邪魔しました・・・

住所は 四街道市吉岡898、JR総武本線「四街道」駅より国道51号線方面に向かい、吉岡十字路を越えて51号線を横断し、八街方面に少し進んだ左側です・・・

親桜は目通り周囲:3.3m・樹高:14m・樹齢:約400年、見事な老木です・・・

 

 

元和2年(1616年)、権僧都宥照という僧侶によって創建されたと伝えられる「福星寺」・・・その頃、金親村にある親寺「金光院」の本堂前に植えられていた枝垂桜から株分けされたものが、ここ福星寺に植えられた枝垂桜であると伝えられております・・・

山門の脇には「土塁」(どるい)と呼ばる敵や動物の侵入を防ぐ為に築かれた、長く続く土盛りがあります・・・「福星寺館」跡と呼ばれる中世の城址の面影を今に伝えます・・・

 

 

福星寺の枝垂桜は「親子桜」で、門を潜って左側が「親桜」で、右側が「子桜」だそうです・・・ちなみに子桜は、目通り:周囲1.8m・樹高:13m・樹齢:50余年だそうです・・・という事は右側の子桜の方は、ほぼ私と同じ位の歳月を過ごしてきたのですね・・・

 

樹齢約400年の親桜に、約50年の子桜・・・壮大な親子の競演で・・・


福星寺の「枝垂桜」・・・その14

 

四街道市吉岡の「福星寺」(ふくしょうじ)へ、枝垂桜の観桜にお邪魔しました・・・

住所は 四街道市吉岡898、JR総武本線「四街道」駅より国道51号線方面に向かい、吉岡十字路を越えて51号線を横断し、八街方面に少し進んだ左側です・・・

親桜は目通り周囲:3.3m・樹高:14m・樹齢:約400年、見事な老木です・・・

 

 

元和2年(1616年)、権僧都宥照という僧侶によって創建されたと伝えられる「福星寺」・・・その頃、金親村にある親寺「金光院」の本堂前に植えられていた枝垂桜から株分けされたものが、ここ福星寺に植えられた枝垂桜であると伝えられております・・・

山門の脇には「土塁」(どるい)と呼ばる敵や動物の侵入を防ぐ為に築かれた、長く続く土盛りがあります・・・「福星寺館」跡と呼ばれる中世の城址の面影を今に伝えます・・・

 

 

福星寺の枝垂桜は「親子桜」で、門を潜って左側が「親桜」で、右側が「子桜」だそうです・・・ちなみに子桜は、目通り:周囲1.8m・樹高:13m・樹齢:50余年だそうです・・・という事は、右側の子桜の方はほぼ私と同じ位の歳月を過ごしてきたのですね・・・

 

親から子へ・・・そういった目で親子桜を見ると、ちょっぴり感慨深いものが・・・


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